「人面瘡(1949年版)」(横溝正史)

異なるのは事件を解決するコンビ

「人面瘡(1949年版)」(横溝正史)
(「聖女の首」)出版文芸社

「わたしは、妹を
二度殺しました」という
不可解な遺書を残して
自殺を図った松代。
彼女の脇の下には
おぞましい人面瘡が現れていた。
松代は命を取り留めるが、
その妹・由紀子が死体で発見される。
夢遊病の松代を目撃した
医師・久野は…。

前回取り上げた
金田一耕助シリーズ「人面瘡」
1960年(昭和35年)発表の本作品には、
原型と呼べる1949年版が存在します。
この1949年発表の「人面瘡」を
改稿したのが
1960年発表の「人面瘡」なのです。
ではどこが違うのか?

筋書きはまったく同じです。
異なるのは
事件を解決するコンビなのです。
権威ある医学博士・久野と
若手医師・園部の二人です。
つまり、「人面瘡」は当初、
金田一耕助シリーズとしてではなく
書かれました。
それを、久野博士を金田一耕助、
園部医師を磯川警部に置き換え、
再編されたのです。

両者が変更になったため、
最後の場面が
やや異なったものになりました。
原型版では、
久野博士は事件を解決した後、
これを事故として
真犯人をうやむやにします。
もちろん松代・貞二の若い二人の将来を
慮ってのことです。
でも、磯部警部を登場させたため、
改訂版ではそれができなくなりました。
そのため真犯人の命が
その場で潰えるように
せざるを得ませんでした。この点が
大きな相違点といえるでしょう。

さらにその点が変更になったため、
改訂版では若い二人のその後の経緯が
詳しく書かれる結果となっています
(原型版ではあっさりと
終わっていました)。
それによって、前回も書きましたが、
横溝作品には珍しい、
爽やかな余韻を残した
結末となっているのです。

こうしてみると、当初から探偵コンビが
ホームズ役とワトソン役という
組み合わせになっていたからこそ
可能だったことがわかります。
また、それでいて
単なる置き換えに止まらず、
作品がより深いものに
なっていることがわかります。
さすが横溝です。

では原型版に価値はないのか?
そんなことはありません。
人面瘡という伝説じみた奇病を、
いかにもそれらしく
読者に提示するには、
やはり医学の権威を登場させなければ
説得力に欠いてしまうのです。
この特殊な状況を考えると、
やはりこの医学博士コンビのほうが
しっくりくるように思えます。

私たちは両作品を読み比べられることを
素直に喜びましょう。
コアな横溝ファンにお勧めの一篇です。

※本作品は旧角川文庫版にも、
 そして最近刊行された
 柏書房「横溝正史ミステリ
 短篇コレクション」全6巻にも
 収録されていません。
 本書もまた絶版中です。

(2018.9.25)

roeggerによるPixabayからの画像

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